陶山神社
所在地:佐賀県西松浦郡有田町大樽2丁目5-1
撮影日:2013年09月07日、2017年04月08日
掲載写真:59枚
主祭神:第十五代応神天皇
相殿神:鍋島直茂公・李三平公(陶祖)
創建:万治元年(1658年)
陶山神社は有田焼で有名な佐賀県の有田町にあります。陶器製の鳥居で有名な神社です。
読み方は、正式には「すえやまじんじゃ」で、通称は「とうざんじんじゃ」です。
管理人は今までずっと「とうざんじんじゃ」と呼んできましたが、正式名称は「すえやま」だということなので、今後は「すえやま」と呼ぼうと思います。でも本当は「とうざん」の方が好きです。
境内にあった陶山神社説明板には、『陶山神社は、万治元年(1658)8月、現在の伊万里市二里町大里の神原八幡宮から主祭神・応神天皇の霊が移され、「有田皿山宗廟八幡宮」として開かれました。その「八幡さん」が陶山神社と呼ばれるようになったのは明治以後で、藩祖鍋島直茂公と陶祖李参平をあわせて祀るようになりました。』と書かれていました。
陶山神社は大有田郷の郷社「神之原八幡宮」より1658年に御分霊を勧請した神社ですので、主祭神は第15代応神天皇です。八幡宮なので当然、祭神は応神天皇となります。(八幡神については「宮地嶽神社」神社ページで軽く触れています)
創建当時は「有田皿山宗廟八幡宮」という社名なので、境内には「八幡宮」という神額が掲げられた鳥居(一の鳥居)があります。陶山神社は相殿神として鍋島直茂(鍋島藩の藩祖)と「有田焼の祖」李参平を祀っています。
管理人は陶山神社に2013年09月と2017年04月の2回、訪れました。4年ぐらいの間に拝殿前には白色の玉砂利が敷き詰められていたり、案内板が整備されたり磁器製灯籠が増えたり、色々と変化がありました。あと狛犬が1体、どこかに消えていましたね。どこに行っちゃったんでしょうか。
陶山神社の魅力はやはり「有田」なので陶器製のものが多いことと、境内の広さに対して狛犬の数が多いことだと思います。今回の編集にあたりちょこちょこ検索していたら、また新しい狛犬が奉献されているようです。拝殿の中に置かれているようで、管理人は拝見することができませんでした。
陶山神社の参道には線路が通っているので他人の目を気にせずに堂々と線路の上に立つことができます。とは言っても、線路ではなく通路の上になりますが。線路内に侵入したような気持ちになれますので、この不思議な感覚を味わいたい方は是非どうぞ。
また、陶山神社拝殿前の陶器製の鳥居(三の鳥居)は素晴らしい迫力です。是非、現地でご覧いただきたいと思います。
画像は陶山神社入口から参道を通って本殿へ向かっていく順番で掲載しています。
境内の狛犬の詳細は「狛犬サイト」で確認してください。
【計59枚掲載】
記:2014年10月27日
編集:2018年04月22日
陶山神社
主祭神 応神天皇
相殿神 鍋島直茂公 李参平公
例祭日 十月十六・十七日
御創建 万治元年西暦一六五八年
御由緒 有田焼陶祖の神
大有田郷の郷社神之原八幡宮より御分霊を勧請
陶祖李参平の魂を祀り有田皿山中の神明が帰一する宗廟の神として有田焼の繁栄と町民の幸せを守護されています
この里は 陶祖の宮を 恵方とす (河野静雲句)
陶山神社へは管理人は車で行きました。
駐車場があるので安心して車で行けますよ!
陶山神社の参道を進むと階段が見えてきます。階段の左横には「陶山神社」と書かれた社号標があります。社号標には「海軍大将伯爵樺山資紀書」「大正弐年五月二十五日」と書かれていました。
「樺山資紀」をWikipediaで調べてみたら、確かに海軍大将でした。大正11年に亡くなられています。
陶山神社の参道には線路が通っています。
けっこう頻繁に電車が通るので、電車の撮影ができます。管理人も運良く撮影することができました。
桜の季節に参拝したので、こんな感じで電車と桜の写真撮影ができますよ。
とは言っても、管理人はカメラ機能が良くないスマホで撮影したのでこんなレベルの写真になりました。
線路の上に立って撮影できるので、なんだかいけないことをしているような気持ちになります。あ、もちろん、電車がやって来る時は警報器が鳴るので、事故にならないように気を付けてくださいね!
陶山神社一の鳥居の手前にある青銅製の狛犬1対です。
画像は1枚目が吽形、2枚目が阿形です。
明治18年(1885年)に建立され、有田町の重要文化財に登録されています。青銅製狛犬の中で日本最大の高さの狛犬です。
【狛犬サイトへ】
陶山神社の「一の鳥居」です。
陶山神社の公式ホームページや有田町歴史民俗資料館ホームページの文化財ページを確認してみても、この一の鳥居については何も書かれていません。
とはいえ、この形状を見ると管理人は「肥前鳥居」だと思うのですが、どうでしょうか。(専門家じゃないのでわからないんですけどね)
神額には「八幡宮」とあります。これは、陶山神社が元々「有田皿山宗廟八幡宮」の名前で創建されたことに由来すると思われます。
う~ん‥‥何回画像を見直してみても、やっぱり「肥前鳥居」だと思うんですけどねぇ。
陶山神社の「一の鳥居」の左側あたりが駐車場になっています。
この駐車場には桜の木が何本もあって、時期が良ければ素晴らしき景色となります。
色んな記念碑が建立されているので散策してみるのも良いのではないでしょうか。
画像4枚目は、駐車場から見上げた陶山神社拝殿です。
陶山神社の二の鳥居(平成の肥前鳥居)の手前に、青銅製の灯籠があります。
青銅製灯籠は、明治17年(1884年)に建立されており、有田町の重要文化財に登録されています。
『有田町歴史民俗資料館』ホームページの「文化財マップ(有田内山地区)」に説明文が記載されていたので、引用します。
陶山神社の青銅製燈籠 町重要文化財(歴史資料)
明治17年(1884)、陶山神社祭礼の神事当番町、大樽町から奉納された。台座に「佐賀郡長瀬町 鋳師 谷口清八」と刻まれている。谷口家は代々佐賀藩の御用を勤め、幕末には大砲、その他武器を鋳造した。清八は明治16年(1883)に谷口鉄工所を設立する。燈籠本体は高さ2m。
陶山神社二の鳥居の手前にある青銅製灯籠の上に、ちっちゃい狛犬がいました。
画像は1枚目が阿形、2枚目が吽形です。
通常の狛犬の配置とは逆になっていて、阿形が本殿に向かって左側、吽形が右側に置かれています。珍しい狛犬像だと思います。
【狛犬サイトへ】
陶山神社の「二の鳥居」です。神額は「陶山神社」です。
陶山神社公式ホームページの「境内の見所」ページの説明によると、平成9年(1997年)に建立された「肥前鳥居」だそうです。
江戸時代初期に肥前の地で多く建てられていた「肥前鳥居」を、平成の世に新しく建立するだなんて粋なことだと思います。素敵な試みですよね!
陶山神社二の鳥居(肥前鳥居)を抜けるとすぐ見えてくる狛犬1対です。
画像は1枚目が吽形、2枚目が阿形です。阿形は口を開けており、吽形は口を閉じています。台座には「昭和三十年十月吉日」の銘が入っています。
【狛犬サイトへ】
陶山神社の参道の石段です。この石段の上に拝殿があります。
石段の上には陶山神社の象徴とも言える、陶器製の鳥居(磁器製鳥居)が見えています。
2013年09月に撮影した画像と2017年04月に撮影した画像を比較してみると、2017年04月の画像には陶器製の灯籠があります。新しく置かれたのでしょうね。
2013年09月の画像は、緑っぽいヤツです。というか、この文章のすぐ下の画像です。それ以外は全部、2017年04月に撮影した画像です。
陶山神社の「三の鳥居」です。参道の石段を上ると見えてきます。
国の登録有形文化財で、明治21年(1888年)に奉納された陶器の鳥居(磁器製鳥居)です。
神額には「陶山社」とあります。
『有田町歴史民俗資料館』ホームページの「文化財マップ(有田内山地区)」に説明文が記載されていたので、引用します。
陶山神社鳥居 国登録有形文化財
陶山神社の境内にある磁器製の鳥居。全体に呉須で、唐草文が描かれている。明治21年(1888)に、神事の当番町であった稗古場町が奉納した。2本の柱の頂部に渡した笠木に反りを持つ明神鳥居の形式で、高さは3.7m、笠木の長さは3.9mである。
陶山神社公式ホームページの「境内の見所」ページにも説明文がありましたので、引用しておきます。
磁器製鳥居 登録文化財
明治21(1888)年稗古場奉納
高さ3.65㍍ 橫3.9㍍
白磁の素地に、天然呉須(ゴス)による淡いブルーの唐草文様が美しい
磁器製の鳥居として有名
高さについては陶山神社公式ホームページの方が細かいので「3.65m」が正しいのでしょうね。
磁器製なのでひび割れが目立っていますが、 明治21年(1888年)に奉納された鳥居なので、建立されてから1世紀以上も経過しているわけです。雨風に晒されているんだし、ひび割れぐらい仕方が無いです。
2018年現在、130年も立ち続けている鳥居に敬意を表しなくてどうしますか!って感じです。
見上げると、その佇まいに圧倒されてしまう鳥居です。
陶山神社三の鳥居(磁器製鳥居)をくぐると見えてくる磁器製狛犬1対です。
画像は1枚目が吽形、2枚目が阿形です。
明治20年(1887年)に赤絵町第十代今右衞門が奉納した狛犬で、陶器でできています。
少しひび割れが目立ちますが、とても珍しい狛犬です!
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明治22年(1889年)に中の原から奉納された陶器の大水瓶(磁器製大水瓶)です。
陶山神社公式ホームページによると、高さ109㎝、径90㎝で、大物作りで有名な井手金作/小山直次郎作です。絵付けは川浪喜作の逸品です。現在ロクロ成形では、これ以上の物は難しいそうです。
拝殿に向かって左側、狛犬04番吽形の手前にありました。
拝殿に向かって左側、狛犬04番吽形の奥にあった陶器製の手水鉢(磁器製手水鉢)です。
陶山神社公式ホームページには説明文が記載されていないので、詳細はよくわかりません。
めちゃくちゃデカい皿、って感じです。
拝殿に向かって右側、狛犬04番阿形の奥にあった手水鉢です。
公式ホームページに記載がなく詳細は不明で、どういう価値があるのかもわかりません。拝殿に向かって左側のものだけを紹介するのも変なので、無理やり右側も紹介してみました。
管理人は、陶山神社には2013年09月と2017年04月の2回、訪れています。
2013年09月に訪れた際には確かに存在していた狛犬阿形像が、2017年04月にはいなくなっていました。
狛犬04番(磁器製狛犬)阿形像の後ろにいたんですけどね。ちょうど手水鉢の真後ろあたりです。
陶山神社は管理人が初めて参拝した当時と比べると、白色の玉砂利が敷かれるなど少し整備されているようですから、その際に傷んでいた狛犬05番も動かされたのかもしれません。
陶山神社の磁器製狛犬阿形像の後ろあたりにいた狛犬です。
阿形像しか確認していません。
左手は失っており、代わりの石を置くことでなんとか立っているような状態でした。愛嬌のある顔立ちだと思います。
現在はどこかに動かされており、残念ながら見ることはできません。
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陶山神社拝殿前の階段に置かれている狛犬を紹介します。
拝殿前の階段には3対の狛犬がいました。
陶山神社拝殿前の階段の、一番下にある狛犬1対です。
画像は1枚目が吽形、2枚目が阿形です。
本殿に向かって右側の阿形は口を開けており「玉」を加えています。左側の吽形は口を閉じています。右手の先が失われていることもあり、けっこう古い狛犬なのだと思います。
【狛犬サイトへ】
陶山神社拝殿前の狛犬1対です。階段の一番上にいます。
画像は1枚目が吽形、2枚目が阿形です。
拝殿に向かって右側にある阿形は口を開けており、左側にある吽形は右足で「玉」を踏んでいます。いわゆる「玉取りの狛犬」です。
【狛犬サイトへ】
陶山神社の拝殿です。
正面から撮影した画像と、向かって左側から撮影した画像を掲載しました。
拝殿には「陶山社」と書かれた磁器製の神額が掲げられているそうですが、管理人はうっかり撮影し忘れました。仕方が無いですね。
陶山神社拝殿の後ろに本殿があります。この画像では左側にある建物が、陶山神社の本殿です。
本殿に関してはこの写真しか撮影していませんでした。最悪のクオリティで申し訳ないですが、気になる方は有田の陶山神社へ参拝すれば良いだけですので、ぜひどうぞ。
ちなみに、本殿には陶器でできた欄干(磁器製欄干)があります。この画像でも、本殿前に陶器っぽいものが見えていますね。
陶山神社公式ホームページの「境内の見所」ページに説明文がありましたので、引用します。
磁器製欄干
弘化3(1846)年幸平奉納
角物細工で上部の擬宝珠(ギボウシュ)はロクロ目が残っている
江戸後期の作調の豊かさがあり、暖かさが伝わる逸品である
神社本殿にあり非常に気付きにくい
「神社本殿にあり非常に気付きにくい」とか言われてて、確かにそうだと納得しました。
管理人も気付いていたら、ガンガン写真を撮影していたと思います。
陶山神社拝殿の右側に八天狗社がありました。
鳥居の銘を見てみると「弘化二乙巳三月□吉日」とあります。「□」部分に何の文字が入るのかは管理人が撮影した画像ではわかりませんでしたが、弘化二年(1845年)3月に建立された鳥居なのは間違いないと思います。
「八天狗」については、『佐賀市地域文化財データベースサイト「さがの歴史・文化お宝帳」』というサイトの「八天狗」ページに詳細が記載されていたので、引用してみます。
八天狗は、愛宕山、比良山、大山、大峰山、鞍馬山、飯綱山、彦山、白峰山の八山に住むという天狗で、修験との関係が深い。天狗は、信仰又は、想像上の霊神であって、防災、鎮火の守り神として信仰され、平素は山中に住み、鼻高く羽翼を有しているという。手足の爪は長くて羽団扇を持ち、あるものは鼻が長く突き出ており、あるものは嘴を持っている。天狗は非常な大力で神通力を有し、一度怒れば天災地変をおこすというので恐れられている。
天狗を祀った神社ということでしょうが、なぜ、陶山神社に八天狗社があるのかはよくわかりません。佐賀市県内には八天狗を祀った神社がいくつかあるようですから、そのうちの1つ、ということでしょうか。